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zoom RSS 雲仙にある最高の地獄へと

<<   作成日時 : 2009/09/16 22:54   >>

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先日、長崎県雲仙市は雲仙宮崎旅館という所に行ってきた。

その日は元々、高校時代からの付き合いである先輩の家に遊びに行く予定であったのだが、彼の家がその日使えないということで急遽泊まりに行くことになった。先輩の家は、雲仙市から車で約30分離れた場所にある。と言うよりは、30分しか離れていない場所にある。だが、彼も雲仙市に行くのは久しぶりだということで、お互いに小旅行の気分で雲仙市に行くことになった。
私たちが雲仙市に行く目的は、雲仙宮崎旅館に行くことである。私が雲仙市に行くのは、実家が同じ長崎県内にありながらも生涯で2回目。雲仙宮崎旅館など今まで名前さえ知らなかった。そういう私に、先輩は当たり前のように「今から雲仙市に行くけん。雲仙宮崎旅館に泊まりに行こうで。」と言って車に乗せる。雲仙なのに宮崎という名前がついていることに若干の違和感を感じながらも、私は黙って助手席に乗り込んだ。

雲仙市と言えば長崎県随一の温泉街である。温泉街の近くには雲仙地獄という観光名所が存在し、いくつかの高温温泉とそこから発生する煙および硫黄臭はたくさんの観光客を呼んでいる。また、雲仙で忘れてはならないのが雲仙普賢岳の噴火活動である。既に20年近く経った今でも私たち長崎人にとっては未だに記憶に強く残っている出来事となっており、現在の雲仙普賢岳の姿は、その時の噴火活動の凄まじさを物語っている。

私が前回雲仙市に行ったのは小学校2年時の時である。海洋少年団という、海上自衛隊の下部組織にあたる団体に所属しており、その団体の全国大会で北九州市に行ったのだが、何故かその帰りに雲仙市に立ち寄ったのである。その時は私もまだ9歳であったこともあり、雲仙地獄と言われ、大変怖い思いをしたのを覚えている。高温で沸騰する温泉を見ると、鼻を刺激する強い硫黄臭と相まってそれが地獄さながらに思えたのだ。私にとっての雲仙は、「地獄、硫黄臭そして卵の街」であった(卵は硫黄臭の臭いと、そこで実際に卵が売ってあったことからその記憶が残ったと考えられる)。

そして、今回の雲仙への旅。
雲仙宮崎旅館に着くと、先輩がこっちの反応を確かめもせず、自信満々に「雲仙宮崎旅館に行こうで。」と言った理由がわかった気がした。
まずは、場所。それが、先ほど上げた雲仙地獄の目の前にあるのである。おそらくどの部屋の窓からも雲仙地獄が見えるのではないか、というほど近い。
そして、サービス。後ほど詳細に述べるつもりだが、雲仙宮崎旅館に来た人は、誰もが満足できるように、という徹底した姿勢がそこで働く誰からも見受けられるのだ。車から降りて荷物をもらってから最後まで、そのサービスは徹底していた。

私は、入ってすぐにこの旅館が気に入り、すぐにでもお酒が飲みたくなった。そこで、旅館のすぐ近くに酒屋があるというのを予め確認していたので、そこまで買いに行くことにした。行ってみると、そこはとても小さい店であり、私が欲しかったハイネケンやコロナといったビールはなかった。だが、私はその店には特別な雰囲気があることに気づいた。会計をする際に、見るからにとても古い物入れがレジのすぐ側にあった。私はそれが気になり、いつの物なのかを聞くと、1920年代のものであるという。知り合いからもらったそうだ。そしてオーナーはそのすぐ近くにあったレジを指して、「これもすごい古かとですよ。50年くらい前のですたい。」と言った。なるほど、私はその独特の雰囲気がこれらのレトロな物、オーナーの何かを受けつぐ伝統の心、そして彼の物を大切にする心からきているのだな、と思った。私にとって、「地獄、硫黄臭そして卵の街」であった雲仙市のイメージが、この出来事を境に、「レトロ」という香りを加えられることになった。私はその出来事がきっかけで、一気にこの雲仙市が好きになったのだ。

私たちはビールを買い宿へ戻った後、すぐに風呂に入りに行くことにした。この宿の風呂は、露天風呂付きで、この露天風呂はかなりの名湯であるらしい。何でもメタケイ酸というものが多く含まれていて、それが肌に良いらしい。実際に入ってみると、そのお湯は白く濁っており、入った後はすべすべになったような気がした。

風呂から上がり部屋へと戻ると既に食事の用意が調えてあった。そして少し落ち着き一息ついた頃に仲居さんがやって来て、様々なおかずを持って来てくれた。
その食事は、味はとても美味しいのは言うまでもなく、その見栄えが誠に素晴らしかった。まるで芸術作品でもあるかのように配置され、感激するほどであった。何でも後で聞くと、先輩のお母さんは老人ホームで働いているのだが、そこではこの雲仙宮崎旅館を参考に盛っているそうである。食べ物の見栄えだけでここまで人を動かしたということは、一般的な生活をしてきた私としては聞いた事がない。
食事と一緒に雲仙の地ビールをいただいたのだが、このビールもとても美味しかった。お酒が飲めない先輩でも美味しいと言っており、とても飲みやすく美味しいビールであった。

食事をしながら、仲居さんと話したのだが、話し方がとても上品であるのに感激した。この仲居さんはとても美人な方で品がある顔立ちをしているのだが、そこにさらに品のよい話し方をするのである。先天的な品の良さに加えて、後天的な品の良さを身につけたその人と話すと、話ベタな私でも話が弾むというものである。ビールを飲んだのもあってか、話していて気持ちよくなってしまったのだ。何でもその仲居さんは私と同じ年であるらしい。社会に出て5年目である彼女、よほどその旅館で鍛えられたに違いないが、私の話し方の品のなさを考えると少し恥ずかしくなってしまった。
しかし、私が彼女と話していて気持ちがよくなったのは、その気配りにあるのであろう。話が円滑に進むように会話を心がけてくれているだけでなく、その表情や間といったもの全てが接していて心地が良いのである。それは、この旅館の誰と接していても同じ印象を持った。

食事を終え、ビールを飲みながら様々なことを話し終えたあと、そろそろ就寝準備を、という時になって一つハプニングが起こった。部屋のクーラーが全く効かないのだ。いくらクーラーの設定を強としても、とても快適に寝れそうな温度にはならない。そこで、私たちはフロントへ電話し、その旨を伝えた。すると、私たちにもう一つ部屋を用意してくれることになった。その部屋に行くと、それまでいた部屋とは比べ物ものにならないほど豪華であった。失礼があったということで、わざわざその部屋を用意してくれたのだ。全く予期していなかったためか、私たちはその部屋に入りさらにテンションが上がることになった。そろそろ就寝を、と考えていたにも関わらず、私たちはその部屋へ行き、さらにビールが進んで話に花を咲かせることになった。

その次の日、私たちは朝食を食べ(この朝食もとても美味しかった。ここ5年ぐらい、これほど満足できる朝食があったものか。)、雲仙地獄へと出向いた。この時期はちょうど朝が涼しくなってきた頃であり、強い硫黄臭と煙を感じながらも快適な観光ができた。その後、私たちは雲仙から先輩の実家へとドライブウェイを使ってドライブし、そして先輩宅へとお邪魔することになった。

今回の雲仙宮崎旅館への旅、今までで一番満足できる宿泊だったのではないか、と思う。サービス、露天風呂、食事、どれをとっても今まで泊まったどのホテル・旅館も敵わない。ロケーションも雲仙では一番良い。これから長崎に来た誰かをもてなすならば、必ず雲仙宮崎旅館にしたい、と考えた。ここなら誰もが心地よい気分になれる、と私は自信を持てる。

長崎県雲仙市へ、雲仙宮崎旅館へぜひ立ち寄ってみてください。
http://www.miyazaki-ryokan.co.jp/

なお、今回雲仙へと連れて行ってくれた先輩は先日中国へと旅立った。留学をするためである。彼と会うたびにいつも最高のもてなしを提供してくれる彼にはいくら感謝しても感謝し尽くせない。実りのある留学生活を心より祈りたいと思う。




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